青く澄み切った海と空、そして深い緑の原生林のテニアン島は不思議アイランド。時間が止まったままの空間にハイクをします。
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ブレイク・ウォーター~南洋興発跡地を辿る


      

             南洋興発記念碑

昨夜は大雨が降っていたテニアンですが今朝のテニアンは晴天。今日は平日ですが先輩のJudeと共に南洋興発跡地を探索しに出かけることにしました。

南洋興発について。(南洋興発跡地に建つ記念碑より一部引用)

大正1011月に設立された製糖業を主にする南洋興発は、サイパン島にて製糖業に着手。昭和3年にテニアン島にて開墾を始め、昭和5年に一日原料生産量1200トンの第一工場を、昭和9年には第2工場を完成しテニアンにおいて、製糖業の全盛期を迎える。南洋興発の事業は製糖業、酒精、清酒業、鉱業、農業と発展し、人口も増え「南国の楽園」時代を築き上げるが、その背景にミクロネシアの60%を占めていた55千人の沖縄県出身者の貢献があったことを忘れてはならない。

そして、記念碑の最後の章には、、

「しかしその夢も戦争により全てを失われた。失意に帰還した沖縄県出身者が、再びテニアンを訪れ、南洋興発の跡地に立った際、旧き良き時代への思いを新たにした。日本全国からこの地に移住してきた人々の功績を称え、この跡地を後世に残して行きたい。」と結ばれている。

戦前はかつて製糖業で大成功を納めていた南洋興発の歴史を改めて再確認するために、ブレーク・ウォーターから海沿いの松林にハイクをしました。

        続きはREAD MOREから読んでね。




   

遠くに見える海から飛び出ている鉄柱は、かつての南洋興発工場桟橋です。当時は砂糖製品の積み下ろしに賑わっていたことと思いますが、今では朽ち果てご覧のように桟橋の鉄柱だけが残っています。私がこの写真を撮影した場所がブレーク・ウォーターと呼ばれる小石のゴロゴロしたビーチは、サンホセ村の北の外れに位置し、この周辺が日本時代に繁栄していた「南洋興発株式会社」関連の工場、倉庫、糖蜜タンク、社宅などが点在していた地域でもあります。

    

この周辺は向かって左が磯になっていて、右側はタガンタガンのジャングルになっています。

ブレーク・ウォーターのビーチから一本入った道沿いに車を駐車して、その奥に入って行きます。

   

道はすぐになくなり後は「ハマヒルガオ」の生い茂った松林を南に移動していくと、コンクリートの塊?何かが見えてきます。

   

これは間違いなく戦時中に使われていた「トーチカ」です。かなり大きなものがほぼ完全な形で残っています。私の後ろにあるのが入り口。

   

ほぼ正方形ですが、その次ぎの側面に窓があり、テニアン港を見渡せるようになっています。大きさは8メートル四方くらいでしょうか。かなり分厚いコンクリートでできています。

   

その次の私が歩いている側面は丁度海側になり窓もなく壁だけです。

   

   

もう少し前進していくとあちこちに分厚いコンクリートの塊が点在しています。

   

トンはありそうなコンクリの塊ですが、この周辺は南洋興発関係の建物しかないので何かの建物の一部に違いありません。

   

この塊には鉄製のボルトが付いています。第二次大戦中、米空軍によってテニアン全島の航空写真が撮られ、それを元に爆撃の予定が綿密に組まれました。島の中心とも言える南洋興発工場付近は一番の爆撃目標でもあり、この周辺もかなり破壊された地区と思われます。

   

コンクリートから出ているのは電線の一部。

   

所々にすぐに出られる磯があるので、立ち止まっては磯に下りてみます。 

   

ブレーク・ウォーター沿いの磯には必ずと言っていいほど、鉄製の部品が岩に挟まれていたり、何かの部品が転がっていますが、これらも南洋興発で使われていたパイプや部品の一部と思われます。

   

これは占領後に米軍が廃棄したコーラの瓶が60数年間の月日の間に磯の岩に侵食と共に付着してしまったのだろうか。周りにはあらゆる鉄製の廃棄物が付着しています。このあと、もと来た道を引き返すことにして南洋興発の工場から真っ直ぐに海に向かって続く揚水路跡の場所に戻ります。

   

ブレイク・ウォーターの鉄柵の手前がその揚水路のあった所。今朝は干潮を見計らって来たので、浜の大部分がむき出し状態になっている。干潮の時間にどうしても来たかった理由があります。

   

干潮時にここにくればこれだけの残骸を見ることができる。潮が高いとこれは海中に隠れてわずかな部分しか見えないんです。このビーチ沿いには興発の糖蜜タンクや、倉庫が建ち並んでいた場所でもあります。この全ての残骸が興発のものだけではありませんが、一つ一つを良く見るとほとんどがかなり古いものとわかります。

   

製糖工場跡のあちこちで見かけるレンガの欠片。

   

レンガには「SHINAGAWA」と刻印されている。(これは我が家の庭にあったものでほぼ完全な原型を留めている。)ネットで調べると「品川白煉瓦株式会社」と検索で出たので早速問い合わせのメールをすると、同社総務部のT氏よりすぐに返答を頂いた。

その返答の内容は、これらの煉瓦は間違いなく「品川煉瓦」製造のもので、耐熱煉瓦なので製糖工場のボイラー等の内張りに利用していた可能性がある。戦前は軍や軍需産業にも大量の煉瓦を納めていたので南洋興発にも納められていたのだろう。たまに沈没した艦船の周辺から拾ったのだが品川製ではとの問い合わせもあります。ともメールで返答を頂いた。

余談ですが、東京駅の赤煉瓦の全量が「品川白煉瓦(株)」によって納入されたと貴社のHPで拝見しました。

戦後この耐熱煉瓦を多くのチャモロが挙って拾い集め、家を建ててしまった人もいます。今でも島のあちこちで見かけるし、特にブレーク・ウォーター周辺には今でもこうして手に取って見ることもできるんです。

   

先ほどの揚水路から真っ直ぐ上に入った所にあの立派な製糖工場がありましたが、今ではジャングルに囲まれています。このあとはブレーク・ウォーターからすぐ近くの村に戻り南洋興発の建物跡を探索することに。

   

南洋興発工場事務所跡。この向かいに本事務所がありました。

   

隣接して、糖度分析所跡。2階建てです。

   

2階へと続く柱にはアーティスティックなパイナップルの彫刻が描かれている。とってもオシャレ。   

   

今でも建物の一部を利用してローカルの人が住んでいる、南洋興発幹部用社宅跡。この地区は専修学校もあった地区であちこちに社宅の建物部分が残っているので、テニアン裏観光には欠かせない地域でもあります。

   

かつては工場付近もこんなに繁栄していましたが、残念にも戦争によって全てが破壊されてしまいました。遠くに見えるのが工場の煙突。

        

南洋興発製糖工場。こんな立派な工場がこの跡地に存在していたんだな~。ま、その欠片にでも触れて見れたから今日のところは大変満足。(上2枚の写真は「はるかなるテニアン」より引用)

   

日本時代にはこの窓からは工場の煙突が見えたと想像しながら、ふと当時のテニアンの繁栄振りがかすかに私の脳裏に伝わって来るようです。人が力を合わせ努力をすれば大きな繁栄に繋がって行くのだという事実をこの地で証明した人々の努力は報われず戦争によって破壊されてしまいました。今では青い空が広がっているだけ。これからのテニアン島は日本時代のような発展を遂げる事は難しいかもしれませんが、ここには何もないものの良さがあります。それもまた一つの平和の在り方という事でいいのかもしれませんね。糖度分析所の2階の窓からは今ではテニアンの発電所の煙突が見えています。

 

私の質問に対して親切な対応をしてくださった「品川白煉瓦株式会社」総務部のT様に御礼を申し上げます。

Jude, Thank you for proviting  the pictures for my blog.

 

                                      By michi

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2008⁄10⁄10 15:44 カテゴリー:気ままにテニアン ハイク  comment(12) trackback(0)
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コメント


間に合ったー!
明日南興会(南洋興発OB会)があるので、早速コピーして、皆さんに披露させてもらいます。
きっと喜んで、離さないで見ると思いますよ。
楽しいなー。
(2008/10/10 13:39) URL | 白爺[ 編集]


白爺さん、コメントありがとうございます。

へ~、南興会ってあるんですか、それも明日がOB会!なんてタイミングでしょう。
私ごときのブログでお恥ずかしいですが、懐かしく思って見ていただけたら、そんなに嬉しいことはありませんよ!

白爺さんの南興会のレポートも楽しみにしてます。
(2008/10/10 14:01) URL | michi[ 編集]

南洋興発事務所跡地
自分も今回、南洋興発事務所跡はかなり念入りに、見学してきました。
2階の柱部分の飾りは、自分も気になりほぼ同じ角度から撮影しました。
あのような手の凝った細工を見て、過去の繁栄を感じることが出来ますね。

早く自分もブログをUPしなければ・・・(焦)。
(2008/10/10 16:31) URL | HELLCAT[ 編集]


60年以上経っても建物の骨組みが今だに残ってるのって素晴らしいですよね。爆撃にも耐えてよく残っていたものだと思います。出来れば工場近辺のジャングルにも入りたかったです。
(2008/10/10 17:39) URL | michi[ 編集]


二階で写真撮る時は気をつけてくださいよ。
大分老朽化していますから落ちないで。
でも、カロリナスの洞窟より安全かなー?
明日は、Emiiだけで行かせます。
彼女は役員で受付ですから、「料理が確保できていない」等とクレームを言われるのがオチですから、私は逃げます。へッへッへェーv-8
(2008/10/10 19:54) URL | 白爺[ 編集]

残されたモノ達
繁栄していた頃のお写真を見ると、テニアンが壊滅的打撃を受けたのがよくわかりますね。想像を絶する爆撃を受けてのことでしょうが、ほんとに今からは想像できないくらいです。
そんな中でも、長い年月、時間の流れに任せつつも、しっかりと形を残しているものがこんなにたくさんあることに驚きました。
どれも当時の最高技術を駆使して建てられ、作られたたものなのでしょうが、その技術・精度の高さは計り知れない気がします。
モノ言わぬ残骸たちとテニアンの大自然のコントラスト、これもまた現代に生きる我々に残された、大きな意味深い課題のようにも思えます。
楽しく、感慨深く、じっくり拝見しましてござりまする。michiさんのきめ細かい探索とリサーチ、更にわかりやすいご紹介に、感謝です。
(2008/10/10 22:26) URL | ありどん[ 編集]


白爺さんの仰るとおり、建物も古いので2階はそろそろ立ち入り禁止になりそうですね。
え~!明日行かないの?せっかくレポート楽しみにしてたのに~。(残念)

ありどんさん、いつも私の要旨を掴んでくださるので、こちらこそ感謝です。ありどんさんが私の言いたいことの補足してくださるので、私はもう書き留めることもありません。
時代と共に薄れつつある南洋興発の功績を埋もれさせるのではなく、掘り返してはテニアンの歴史に残しておきたい大切な部分でもありますよね~。(実感!)
(2008/10/11 00:14) URL | michi[ 編集]

大ファンですから・・・
戦前、「日本だった頃のテニアン」をご存知の白爺さま達の貴重なお話やお写真に、「今のテニアン」まで、その歴史と現状を丁寧にご紹介くださるmichiさんのブログは、大好きなテニアンを益々興味津々で親しみのあるものに、「次回」への楽しみも増やしてしてくださいます。こちらこそ、いつも感謝でございます。
(2008/10/12 22:04) URL | ありどん[ 編集]

レパートリー
このあたりのハイクは、ボクは2005年にしたっきり。
そのときは、トーチカしか発見できませんでした。
そのときのトーチカがこのトーチカと同一かどうか、今では記憶が定かではありません。
レンガといい、コーラのビンといい・・・
たくさんの発見がありそうで、またハイクしてみたいなぁと思っています。
このあたりは、村のちょっぴり外れなのに、よく言えば落ち着いた、悪く言えばさみしい感じがして、足を運ぶ機会が少ないんです。
そんな思い込みにとらわれず、ゆっくり歩いてみると様々な発見に恵まれそうですよね。
テニアンの先住民チャモロの歴史を感じるハイクも・・・
日本時代の歴史を感じるハイクも・・・
今のテニアンを感じるハイクも・・・
大自然を満喫するハイクも・・・
様々なハイクを楽しむ事ができますね。
(2008/10/13 18:06) URL | 荘之助[ 編集]


この周辺ではこのトーチカしかありませんので、荘さんが発見したのと同一のものと思います。さすが荘さんですね、こんな所まで一人で探検?!
私はむかーし、ダンナと娘達ともっと奥まで歩きましたが、その時は違う目的で。
ダンナがテニアンで海老の養殖をするならこの辺がいいのでは!とか言ってその下見というか、ぶらり出かけてみたのですが、目的が違うと風景も違って見えるもの。
自然の中で何かに共感できる仲間と行くテニアンハイクはこれまた最高。次回の皆さんの訪テニまで首を長くして待っています。
(2008/10/13 19:10) URL | michi[ 編集]


私は品川白煉瓦の従業員です。弊社の社内報にこのブログの記事が記載されており拝見させていただきました。
(2008/11/27 21:36) URL | SS[ 編集]


SS様

それは大変嬉しく思います。長い歴史を持つ貴社の煉瓦が当時から多面に渡って利用され続け、長年の月日を経て今でもテ二アンで手に触れられることが出来るのが、また貴重にも思われます。今後も貴社の発展を願っています。
(2008/11/28 18:59) URL | michi[ 編集]



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